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父の様子

外出許可で家に戻った時はお風呂に入る事が出来たようだけれど、ここ数日は寝てばかりで母や姉が行っても寝ているそう。痛みが取れないので麻薬性鎮痛剤の座薬とパッチを2個貼っている。パッチ1個では痛みが取れなく2個はやむを得ないよう。2個貼ると全く食べられず食物を見るだけでも吐き気が出るよう。ひたすら眠り、机の上のカレンダーに熱、とかおかゆとか前書いていたような記録も3日ほど空欄になっていて書く気力もないよう。病室の中にあるトイレだけは何とか頑張って行けている。意識はもうろうとしているようだけれど、呼びかけるとちゃんと答えてくれる。痛みが酷くなると麻薬性鎮痛剤は普通の意識状態では効果が現れないのかもと感じた。私のヒーリングは効いているのか否かわからない。つい最近まで奇跡を起こしてくれていて元気だったのにと思うと泣けてきた。

感謝

今年1年も元気に過ごす事が出来た。今年の年始めはまだ仙骨(仙骨は東洋医学で最重要視されている部位で聖なる生体バイブレーションを発生する場所であるらしい)に酷い湿疹が出来ていて正直乗り切れるか不安な面もあった。皮膚は正直で身体の悪さを反映してしまうだろうから。
4年前にかなり湿疹が全身に悪化した事がある。その時小指の三番目の関節に赤いポチッと丸い痒疹が出来ていた。皮膚科の先生はこれは手ごわいと思ったのだろうか、絶対にステロイドを塗って飲んで下さいと言われた。この時ばかりは一週間言う事を聞き大人しく言う通りにした。次に指を見せに行った時は跡形もなく消えているのを見て先生は驚きを隠せない様子だった。先生がステロイドの内服まで出したんでしょ、と心の中では思った。その頃は整体や自然食品にはまりだしていた頃だった。相乗効果かなと今になって思う。それからは一切ステロイドを辞めかなり年数はかかったけれど今は気功やお経もプラスして調子が良くなった。貨幣状湿疹も仙骨の湿疹も跡形もなくなった。
爆弾が少しずつ小さくなってきているのかと思ったりもするけれどそんなに甘くないかもしれない。最近は足先が痺れる事がある。3ヶ所の脊柱管狭窄症、椎間板膨隆があるし、頚椎症も言われた事がある。骨化症とも言われた事があるがこれは誤診であったかは定かではない。とにかくMRIの状態に比べあまり症状がないのは確かのようである。
10年前かかった病院の先生は「えっ、まだガンがないんですか」と思わず出てしまったんだと思うし、10年前「5年は大丈夫でしょう」と言った先生は、大丈夫そうに見えてもあと1年後にはと言う思いがあるように見受けられた。私の信頼する腕のある整体士さんには「私はあなたを治してあげる事が出来ませんよ」とまで言われた事がある。難病まで治している実績があるにも関わらず。でも力にはなって下さるとおっしゃって下さったし、世の中には数知れない治療法がある事も教えて下さった。
身体を診る人はさすがだと言う思いがある。不思議だと医者に言われるのは乗り越えて来た事が数々あるからかもしれない。
ここ数年間は喘息も全くでなくなったし、口唇ヘルペスも全くでなり、あれほど苦しんだ腰痛がなくなった。その他小さな事を上げれば切りがない。
人間の身体は奇跡がずっと続いていて、あるときその奇跡が起こらなくなると言う見方をする人もいる。
今も私の体は奇跡を起こしていてくれているのかもしれない。

外泊許可

父は入院するまでもなかったと聞いていたので直ぐに退院出来るものだろうと思っていたけれど、麻薬系鎮痛剤の影響なのか、ほんの少ししか食べれないらしいので、退院はまだ無理のよう。今日は外泊許可で家に戻ってもいいそうで母と姉と一緒に迎えに行った。痛みがまだあるそうで、歩き辛そうだった。病室から病院のロビーに出るまで杖をつきならが休み休み歩いていた。普通なら骨折している部分にコルセットなりを巻いて固定するのだろうけれど父の場合ストマが付いているのでそれが出来ないので余計辛いのかも知れない。痛みは鎮痛剤で完全に取れると思っていたので痛みを取るヒーリングを怠っていた。ヒーリングをプラスする事で痛みが取れてもどうせ薬のお陰としか思わないだろうとひねくれていた面もあった。今日の父を見てそんなひねくている自分自信を反省させられた。父に会った日はイメージがしやすいのでヒーリングが繋がり易いように感じる。
母は父は自分の病気の事を理解していないので圧迫骨折が治ったらまたダンスに復帰出来るだろうと考えていると言っていた。私も父と同じ考えでまたダンスに復帰出来ると信じてヒーリングをしている。そう言う思いは本人、治療する人にとって不可欠であると思う。

宇宙

空を見上げると小さな光のつぶつぶが見える事がヒーリングを始めてからたまたまあったけれど、今朝寝ている時に光のつぶつぶが沢山見え綺麗だった。その後丸い輪っかのような模様になった。最近は少食にしているし、ヒーラー先生お手製の宇宙の動画を見ているので宇宙と繋がり易くなっているのかも知れない。

悪質業者

休みの日に一本の電話がかかってきた。「この近辺を回らせて頂いているのですが、壊れた電化製品や不用品などありませんか」と若い女の子からの電話で何か波動が普通と違った雰囲気で直ぐに切ろうとしたけれど古着とか本、食器も買い取ってくれると言うので、古着でも引き取ってくれるんですか?と聞いたら被災地や海外へ送ったりしているので、と言う事だったのでそれならと思いじゃあお願いしますと答えてしまった。ゴミにするにはもったいないと思っていた物をいっぱい寄せ集めておいた。インターネットでそこの名前を検索すると結構信頼出来そうかなというホームページだった。紛らわしい名前でてっきりそこのホームページだと思い込んでしまったが実際は違った。
当日玄関に来た若い男の人は壊れた電化製品を引き取るような雰囲気の人では全くなく、おしゃれでどことなく普通の人とは違う感じがした。出来れば沢山持って行って頂けると有難いんですけどといい、不用品を並べた部屋へ案内した。自己紹介をした後、その人は買い取れる商品の説明をアイパッドで説明し始めた。なるほど貴金属などが目当てかと直ぐにわかった。古びたネックレス等のサンプルを見せてくれて「これいくらで引き取ったと思いますか」と言われたので1000円位ですか?って答えたら2万5千だといっていかにも高く買い取ります的な雰囲気で色々説明をし始めた。不用品の査定をしている間にそういった貴金属や古切手、着物、メダル、コイン、腕時計等何でも見せてほしいと次から次へと提案してくる。私が出しておいた物の査定などしていないなと分かっていたけれど、一応何か捜す振りをしてガラクタを少し見せた。本当に何もなくてこんなのしかないと言ったら本当にここの家はないんだなとわかって来たらしい。不用品の中にバッドが二本置いてあって「息子さん野球習ってたんですか、イヤー懐かしいな僕もやってたんですよ、素振りの練習でもしたくなってきたな」と少し凄みが出てきた。私は「そう言う物だけが目当てだったんだ、申し訳ないけど家には何もないから」と言う。娘の結婚後の不用品も沢山あったので「娘さん、もしかしてもう子供さんがいるとか」と言って来たので、そうだと答えると、「おばあちゃんには優しくしろって上から言われているからなぁ」と凄みが出て来て、服を袋に詰め出した。私が恐れている雰囲気がなかったのかそれ以上は凄まなかった。
結局バッド2本、電気ストーブ、布団乾燥機、服1袋を持って行ってくれた。もちろん無料で。電気ストーブだけはエレベーターの所まで持って行くのを手伝った。何故か人が変わったように「ありがとうございました。寒いから風邪などひかないようお気を付け下さいね」と馬鹿丁寧になった。
母が家の中にあがり込んでくる所はよっぽど気を付けないとと言っていたが、つくづくそうだと感じた。袋に詰めた服はさすがに見る目があっていい服だけを持って行った。どんな切手が価値があるのかも判断出来るのであれば、是非とも自分自身の価値を判断してほしいと思ってしまった。
とにかく被害には合わなくて済んだので良かった。何か宇宙的に助けられたのかも知れない。息子が家にいてくれたのも心強かった。

再入院

父は痛みを何とかしたくて鍼にも行ったようだけれど、痛みが治まらず再入院した。痛み止めの麻薬系のパッチを鍼のテープを取る時に一緒にとってしまったようで看護師さんにパッチが貼ってない事を指摘されたらしい。パッチさえ貼れば痛みはかなり治まるようなので本当は入院するまでもなかったようだけれど、入院手続きをしてから気が付いたので再度入院になった。圧迫骨折は痛そうだから少し安静にしているのがいいのかも知れない。

退院

今日父は無事退院した。食事も普通に取れるようになったらしい。
腰の痛みは圧迫骨折が2ヶ所あり、それで痛みが酷かったのかもしれない(癌性疼痛もあるようだけれど)。医者に転んだか尻もちをついたりしなかったかと尋ねられたようだけれど、ダンスとは言ってないらしい。腰が少し曲がっていたのに無理をしたのかもしれない。薬が山のように机の上に置いてあってボケてたらとても飲めないと笑っていた。抗がん剤は今休憩中だと言っていたので、「もう飲まなくてもいいんじゃない」と言ったらノーコメントだった。痛み止めは座薬や湿布、麻薬系の薬も調合されている。
水腎症が片方の腎臓にあると言っていた。

父の様子

今日は幾分か食べれるようになっていた。お茶など飲む事も出来るし、おかずはほんの数口しか食べていなかったが重湯は殆ど平らげていた。熱があるようだけれど割と元気そうで数読をしていた。朝は少し調子が良かったので1000歩歩いたらしい。一つ点滴をしていたけれど、痛み止めの点滴は外れ今は座薬と湿布をしていると言っていた。
母は父が入院すると物凄く楽だと言っている。結構食事の支度が大変であれこれ文句を言う事が多いので手間ばかりがかかると嘆いている。病気になってからは家族が優しいのでワガママになっているそう。人口肛門にしてからはトイレの掃除なども大変でやはり家族は介護がいらないとはいえ、大変な思いをしている部分もあるようだ。

アトピー


最近は娘のアトピー(特に首の後ろ)が少し酷くなって来ていている。延命十句観音経を唱えているので抵抗が出てきているのかもしれない。唱え続けるようアドバイスを頂いた。
ステロイドは耐えられない時に使用したと言っていた。

入院

父の画像、血液検査の結果は先回と殆ど変わらない状態らしい。と言う事は身体のあちこちにガンが転移している訳ではないので、やはり直腸辺りの肥厚している所が怪しいのかもしれない。抗がん剤自体がマーカーを上げる性質があるのかも知れないけれど、それにしては異常に高いのでやはりガンがあると考えるのは妥当だろうから。それか切り取ったスキルス胃ガンが酷くなって来ているのだろうかとも思う。
痛み止めの薬はやはり麻薬系の薬が処方されていたようで、副作用が出たのかもしれない。
何とか痛みが治まって食欲も出てくれると有難いのだけれど。
足の異様なむくみは前見た時にかなり引いていて、僅かにむくんでいるかなという程度になっていた。昨日姉がすっかり良くなっていたよと教えてくれた。
昨日は柔らかい物を一口二口食べれるようになって、数読も少しやろうかなという気が出てきたと言っていた。
sidetitleプロフィールsidetitle

葉子

Author:葉子
1959年生まれ、名古屋市在住

父(86才)に遠隔ヒーリングを依頼したのをきっかけに自分からも父に遠隔ヒーリングをするようになる。88才で他界。術後の経過は辛い症状もあったものの比較的良かったように思います。
私自身がまだ生かされている事、そして毎日毎日父に遠隔ヒーリングしていたので他の人の役にも立ちたいと思うようになり現在に至っています。
力になれるかどうかはわかりませんが、ご依頼頂ければ心を込めて遠隔ヒーリングさせて頂きます。

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